飯山 野沢温泉の旅

飯山 野沢温泉

長野市から妙高高原の方へ足を向けて行くと段々いろいろな山が見えてくる。 

そして千曲川がなんといっても素晴らしく街道筋から見え隠れしてくる。 このへんで道を替えて野沢温泉、飯山街道方面日道筋を変えてみる・・・すると驚くほど素晴らしい景観が、見られるのである。 ここからは、峠を超えることに寄って塩沢、そして十日町、そして飯山を超えれば、新潟の妙高高原の法衣のゆくことが出来る。 今日は、あくまでも飯山と、野沢温泉が主体ということになる。 

信州飯山の旅

     東京から長野まで新幹線で2時間45分・・・そこからJR飯山線で飯山駅までゆく。 この飯山線の街道筋は、例の美しい信濃川が流れており素晴らしい景観が待っている。ここで少し注記を加えておくが、信濃川と言うのは千曲川と同じ皮で、長野県から新潟県に変わった途端に信濃川と呼ばれる革のことなのである。 関東地域では、このようなことはないだろうが・・・
      この周辺には温泉も多くあるのでこれらと組み合わせて行くとよいでしょう。 最もこの飯山は、雪の多い場所であり、ほとんど信州というより新潟の冬の姿が見られるのです。いつも思うのですが、この界隈では田舎の田園風景富山の美しい光景が交互に出てきますが、特に印象的なのはやはり屋根の形でしょう。ここでは、瓦屋根はほとんど泣くブリキで昔の茅葺屋根を巻いて作った独特の光景がたくさん現れるのです。

    赤や、ブルーそして薄色の空色などそれはいろいろですがたまにはシルバーの色も見当たります。 そういう美しい風景の場所を見ながら飯山線は、走るのです。  ややクリーム色の電車の車体にハイカラな黒の窓の枠色をひらった電車で田舎風とはとても思えない感じの列車を降りるのである。 この駅のホームには、珍しい鐘があって「七福の鐘」と書いてある。 その脇には、細かい紹介文があって、奥信濃の静寂な美しさを残し、文豪島崎藤村が小京都と読んだと伝えられる境地、飯山寺の街を代表する鐘楼が、駅と名物としてホームに建立されて、訪れる人達の心をその音色で暖かく迎えるのだそうです。 一度訪れるたびに一つの願いが家内7度で7つの願いが叶うと言われている七福の鐘、商売繁盛、人望福徳、結婚安産、勤労お勤学、延命長寿、勇気授服、愛敬富財、と書かれている。 そして最後に願いをこの鐘の音にということで締めくくっているのです・・・・何か歴史的な感情にひたれる古い街と言ってよいでしょう・・・

    賽銭箱がホームに設けられておりここで簡単にお願いができるようになっている。飯山は、寺の町ということでいろいろなガイドがある。愛宕町は、雁木通りとなっており仏壇通りとも称されており、いろいろ大きな仏壇屋が並んでいるのには驚くことでしょう。

    茅葺きの西敬寺、手前のもみじの美しさも素晴らしい。江戸中期に開山した寺と称されている。 独特の茅葺きの小さな山門を入るとその本堂も同様な作りで門の木は、もう歴史が物語っているように古びた感じで年輪が感じられる色をしている。 入り口には、この時雨の天気が悪いのでなく、私の都合がわるいのです・・・」いやはや、生きるための教訓は、素晴らしいものと言えます・・・

    中の境内には石畳が広がり、そして相対する木々は、皆冬の準備というか材木で保護している様子が感じられる・・・関東地域では、こうした光景は見ることはできないでしょう・・・伝統と風格ある本堂の感じ、本当に心を洗われるのは私だけでしょうか。 松寿山,忠恩寺、など多くの由緒ある寺が多いので有名です。・・・そして本通りに出るとすぐわかるのが雁木作りの道、雪が降っても歩道だけは屋根付きでゆったりと歩き買い物が出来る作り・・・・これが雁木通りである。 そしてお仏壇の春栄堂、等色々な店が目につく、大教堂上海要仏壇店、などという店も目立つ。、仏壇仏具岸田、そう言いう店が300mにわたって続いているのである、ここの仏壇はきらびやかで飯山仏壇と称している 。

    ここの街中に天ぷら六兵衛」と呼ばれる銘店がある。ここでは前に渡しが紹介したことのある幻の富倉そばが食せる店。・・・このへんは小麦の生産が雪「が深くてなされなかったので、そばでもそのつなぎがなかったのです。・・・このつなぎが、オヤマボクチ・・・と呼ばれる草の葉、しっかりした食感とのどごしの良さが特徴。カッして多くの量ではなくいっぱいの茶碗に入れて逆さに持った程度の量が振る舞われる。富倉そばとして900-である。又ここでは刺さズシ、一枚150-、ゼンマイ、しいたけ其の他山の富がたくさん乗っている寿司、(0269-62-4359),ここでは奥信濃の味が楽しめます。

    しるこ、お持ち、お飲み各種、・・・飯山は、本にいいとこいいお人、いいお心のいいに惚れ惚れ・・・なかなかよい言葉が入り口に書いてある。・・・甘味処風の蔵、お持ち、さつまいも、かぼちゃが入っているもの、それがこの地のおしるこ 500-、もちろん茶とおしんこが付いているが、これを称して、寺町しること称しているようだ。

    確かに田舎風の心も暖められる旅でした、この飯山から電車で30分程度下ると 戸狩り野沢温泉の駅に到着する。 この戸狩りからは、のざわ温泉交通湯の花バスを利用すると良い。 この温泉は歴史が1300年と言われるゆで麻釜(おがま)が有名。 知らなかった頃はこのお釜を麻釜(まがま)と読んでいたが、とにかく大きな温泉街であり冬はスキーヤーでいっぱいになるのである。 この湯で朝晩町の人達が、野菜を湯がいたり煮込んだりといろいろな利用方法がある。 しかし一般の人はこの場所の利用は禁じられている。 江戸時代の大湯。ちょうどあの頃は、この建物が真新しかった頃。現在では黄の色が黒く変色しておりその歴史が経ったことを伺わせる。 有名品でフキヤの温泉まんじゅう、創業明治37年、と言われる。

    温泉まんじゅう、・・ここでは、野沢温泉まんじゅう田舎まんじゅう126-などがあり。  もちろん野沢菜も有名である。 奈良屋旅館で今回はお世話になる。 100年の歴史がある旅館。 温泉泉質は、単純硫黄泉であり、神経痛筋肉痛、関節痛など、やや流れ出ている温泉石には茶色の色が付着している。 そしてその周りの乾燥したウイには白色の結晶が少し見える温泉なのである。前菜4種小鉢森肴鉢などが出る。イワナの炭火焼き、ささみ味、縁なジル(お梅雨のこと)、みゆきポークステーキ、が出る、29500-(旅費込みの値段)

そしてここまで言ったからには、この野沢温泉の近くに素晴らしい沼がある。 これを見ないで帰る手はないのである。 静寂な湖畔が有名であり、菜の花の時期は特に美しい。 有名画家もここでいろいろな創作を下絵が展示されている場所である。 カメラマンも知っている人は垂涎の場所となっている・・・

   ★★その他の観光場所など紹介: この飯山は、殆ど新潟県に近い。ということは、いろいろな観光地にゆくことが出来るのである。 例えば、婿投げで有名な、松之山温泉、十日町から塩沢町にゆく途中の上野温泉、(ここは、静かな温泉郷で、塩沢石打ICが直ぐのところである)。最も湯沢まで行けば、有名処のスキー場と温泉もある。 しかしこれは、開けた温泉地である!

     この飯山街道から、一つにしに山を超えると、もうそこは新潟の妙高高原である(私は、よく斑尾高原スキー場の方から妙高高原にゆくのが好きであった! そこでは、妙高山が大きく、関東から来た人達をその迫力で迎えてくれる・・・ここも温泉が多く本当に何処に泊まったら良いのかわからないくらい温泉三昧が出来る場所でもある。 関連事項: 燕温泉

妙高山を見ることもここから直ぐだ・・・

 

こうした場所を旅するには、やはり茅葺屋根の家であろう・・・綺麗に舞っとった屋根とその色の対比がなんとも美しく旅心をそそるのである・・・

 そして、以外と穴場なのが、清津峡温泉と、清津峡の探索である。 清津峡は、今は残念ながらけが人が出たのでトンネルを作ってしまったので昔のような広々とした場所からの清津今日の探索はできなくなってしまったが、その石の柱状に削れている断崖の美しさは格別である。

長野県の良い所は、こうした信濃川、千曲川の美しい流れと自然風景である・・・この川伝いの両側に道があるので両方尋ねると、未だ見たこともないような景観が現れ、楽しみは倍加する・・・しかし年々古い屋根の茅葺き屋根の家は失われてゆくのである・・・

飯山は千曲川の最後の街である・・・農村と田園風景が心を洗い流してくれる・・・

     また、少し新潟県に下ると、長野県都新潟県堺にある、津南の段丘の美しさも見事である。 とにかく見どころが多いのはこの地域と言えそうである・・・

柱状岩石が並ぶ奇岩、景観

 

    清津峡を尋ねるとこうした柱状の岩がいたるところで見られる。 川の流れも相州の時には、ささ濁り色していて美しく、流れも急である。

     街道筋から奥の清津峡温泉は見えないが、川を渡り山に入り細い車一台しか通過できない岩のトンネルを超えると、こうした温泉街が残る・・・本当の秘湯なのだろう・・・

 

花旅